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1953年、オアフ島ホノルル郊外の町に生まれる。幼少より海に親しみ、フイ・ナル・カヌークラブに所属。近所に住んでいたハワイの芸術家、ハーブ・カネ氏から「ホクレア号」のプロジェクトを聞き、1974年のカヌー建造時から関与。1976年のハワイ〜タヒチ間航海の後、同航海にてナビゲーターを務めたミクロネシアの伝統航海士、マウ・ピアイルグ氏に師事。ハワイに伝統航海術をよみがえらせた。現在、カヌーを通して、地球環境保全、海洋文化継承など幅広い教育活動を展開している。ポリネシア航海協会会長、ビショップ財団理事。
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ポリネシア人の祖先が、かつて太平洋上の島々へ拡散していく過程で習得し、伝承していったカヌー航海術がありました。文字も航海計器も持たなかった彼らは、周りに見える自然現象の法則を経験的に学びとり、針路を定める方法を“星の歌”として遺し、口承してきました。しかし、その航海術は、人類拡散の歴史の終わりと同時に必要性を失い、独自の航海用語も、「星の歌」も、自然と消滅していったのです。そのため、18世紀後半、ポリネシアの島々が西洋の国々に知られるようになるころには、古代ポリネシア人の足どりや伝統航海術を伝える資料は遺されておらず、ハワイ人の起源は人類史の謎とさえいわれてきたのです。 伝統航海術において、重要な道標とされるのが星や星座です。古代ポリネシア人は、毎夜船から星の位置や軌道を観察しながら航海を続けました。上の図のように、船の移動に従って変化する、ある決まった星の軌道の水平線からの高さなどを手がかりに、自分たちのいる海域を把握したといわれています。広い太平洋を航海するには、そのような基準となる相当数の星の位置や動きを記憶する必要があります。 |